富士待ち(伊豆の旅2)

さて翌朝10時、土肥から修善寺経由のバスに乗り、三島へと向かう。連れは午後には仕事にもどらねばならず、三島から新幹線で帰京することにしたのだ。昨夜は激しい雨が屋根を叩いたが、今日はうって変わってよい天気である。

バスは小高い山々を縫い、時折トンネルをぬけながら走った。緑深い森を紅葉が点々と彩り、美しい。しかし昨日、経験した船上での高揚感はなく、「帰りもフェリーに乗りたかったな!」と、多忙な連れの横顔を恨めしくみつめ言ったものだ。

だが、大仁にさしかかると、それまで山に隠れていた富士が突如姿をあらわした。青い空を背景に白く化粧を施した大きな富士の姿は圧巻であった。富士はその後、再び山に隠れ、また時折、顔を出した。私は車窓に顔を近づけ、富士の現れるのをひたすら願った。

すると長く不在の恋人を待つ女のような心持になっているのに気づいた。あるいは憧れの男子を探して校庭に目をこらす少女のように、とでも言うのだろうか。

しかし三島に近づき、常時富士が見えるようになると、待ち焦がれるものでもない。富士は街全体を守り、君臨するあるじに変貌したのだった。