あり得ない光景とは?

さてゴルフ場から引き上げた我々には夕食までの時間、温泉を楽しむしか術はないのだろうか。ホテル周りを散策するにも雨脚はまだ強い。部屋でくすぶっていた当方、ふと卓球場があったことを思い出した。

「クアプールの上に卓球場があったよ」「去年は少しばかりラケットを握ってみたんだったね!山行の筋肉痛ですぐやめてしまったが・・・」

そこで湯から上がると、ビールを片手にその足で卓球場に向かった。一組の男女が興じていたが、さほど上手くはない。連れは腕組みをしテーブルの周囲を歩きながら、今しも鬼コーチに変身しそうな形相で彼らに険しい目線を投げている。

その眼光に恐れをなしたか、逃げるように卓球場を出て行った二人の後姿を見遣りながら、連れは「フッフッ!」と不気味な笑みをたたえ、おもむろにラケットをとりあげた。

この御仁、学生時代には卓球で相当ならしたらしく、社会に出てからは仲間うちの卓球大会で何度も優勝を飾り景品をゲットし、当方はそのおこぼれにあずかってきた。

さて、ビールをグイッと飲み込んだ連れは「ヨッシ!行くぞッ!」と、調子の良い掛け声を発した。そしてラケット上にピン球をコンコンと弾ませ、続いて自信タップリの素振りでサーブを繰り出したものである。スピンのかかった球は台の上で、ありえない方向にはずんだ。この魔球?、素人にはとうていうち返せるものではない。

そうこうするうちに連れの指導が功を奏したか、また手心も加えられ、ラリーも続き始めた。しかし連れが鋭いスマッシュを決めた次の瞬間、ありえない光景を目撃するはめに・・・。

温泉を出て浴衣一枚に着替えていた連れは、果敢なプレーにいつしか帯がゆるみ、前がはだけてしまっていたのだ。かっこよくスマッシュを決めたはずの連れも自らの姿に気づき大笑いである。とにかく周りにギャラリーがいなくて良かったと、安堵のため息をもらしたものであった。

さて、卓球場のドアの外には何時頃からであったのか親子連れが控え、5歳くらいの男の子が指をくわえて球の行方を目で追っている。

今度はこちらが引き上げる番であった。