老人と貝殻

izaatsuyoshi2012-01-08


2012年1月8日朝、宿を出て相良(静岡県牧之原市)の海岸を歩く。

浜辺には幾人もの釣り人たちが竿をかざしていた。私は東の空に上った太陽の波間の反映を楽しみながら、足元の石を拾った。

ふと気が付くと、痩身の老人がこちらに手を差し出している。皺の多いその掌には美しい貝がらが2枚乗せられていた。「綺麗!」と思わず声にすると、「あげるよ!」というように、顎で貝を手に取るように促す。

「いただいてよいのですか?」と問うと、「うん、うん」と老人は2度頷いた。

「ありがとうございます」 それだけが会話であった。かくして2枚の貝殻は老人の掌から私の掌へと移った。貝殻を拾い観光客に贈るのが、この無口な老人の楽しみなのかもしれない。

私たちはすれ違いざまのこの僥倖に一瞬にして背を向けたが、皺が深く刻まれた老人の顔と掌は、貝殻とともに深く私の記憶に残ることになった。