『名もなき毒』宮部みゆき

12月23日、静岡県牧之原市相良町に赴く。相良は、暑さも盛りの7月に訪れた美しい海辺の町だ。

連れが所要を済ませる間、町の小さな本屋をのぞいた。客の姿のない店内も、女主人の穏やかな笑顔も以前と変わらない。私は昨夏の訪問をなぞるように一冊の本を購入し、海岸への小路を辿った。

眼前に広がるのは青くも黒々とした冬の海、聞こえてくるのは寄せてはかえす波の音ばかり・・・。

しかしほどなくして、一台の車が一組の家族を運んできた。温暖な相良の海は、真冬の砂浜に幼子たちの歓声をあげさせるのだった。

さて、本屋で購入したのは宮部みゆきの『名もなき毒』(文春文庫)。 先日『火車』(新潮文庫)を手にしたが、ストーリー展開のうまさに時間を忘れて読みふけった。このところ、本の世界に没入するべく長編小説を選んでしまう傾向がある。

名もなき毒』は中篇であり、1日で読み終えてしまうかもしれない。連れを待つには良い選択だ。そこで海岸を離れ、道中に見つけた小さな「喫茶店」に入ることにした。

ドアーを押すとカランコロンと昭和風のベルがなった。店内は思ったより狭く、窓辺には極めて少女趣味のクリスマスグッズが飾られている。ソファーには3人の老婦人が並び、これに同世代の女店主も加わって世間話に余念がない様子だ。

この店は地元の主婦たちの井戸端会議の場所であったか・・・しかし踵を返すには遅すぎた。彼女らは想像だにしなかった闖入者に好奇な目を向けている。次の瞬間、店主が愛想の良い笑みを浮かべ、メニューを手にして立ち上がった。

名もなき毒 (文春文庫)

名もなき毒 (文春文庫)


「相良の海岸 二つの選択」2011年7月 http://d.hatena.ne.jp/izaatsuyoshi/20110724