ラ・フォンテーヌ

izaatsuyoshi2012-05-29


静岡県牧之原市相良、好きな町である。連れの所要に付き合って幾度目の訪問となるのだろう。

連れと別れ、いつものように海岸までの道をたどる。路地沿いの家々の庭には砂地の小さな畑もあり、温暖な気候が野菜を育てていた。ほどなく潮の香りがして、海がすぐそこにあることを教えてくれる。

風が急に強くなった。反り返る日傘をあきらめ、波打ち際を一人歩く。真冬に出会った老人との再会を願ったが、浜辺には若者らしい釣り人が2、3居るだけであった。

あの朝、老人は2枚の貝殻をくれたのだった。しかし、どんなに目をこらしても私にはあのように美しい貝殻は見出せない。老人は毎日のように浜辺を歩き、打ち上げられた果てしない数の貝殻の中から、色も形も整ったあの2枚を見つけたのだろうか。

相良は静かな海辺の町だ。夏は海水浴客で賑わうが、5月の終わり、昼のさなかに人と出会うことは稀であった。

喉が渇いてカフェを探すがなかなか見当たらない。幾度か訪れた書店の女主に問うてみるが「この辺には何もなくなってしまってね・・・」と困ったように首を振るばかりであった。

それでも町を歩いていると、カフェらしい黄色い壁の建物を見出した。『ラ・フォンテーヌ』・・・ウィンドウ越しにテーブルと椅子が見える。だが店に入ると、大きなケースに色鮮やかなスウィーツが並ぶ洋菓子店であった。その華やかさは相良の町の静けさと対照的で不思議な感じがした。

「カフェだと思ったのです。すみませんが、ケーキひとつだけでも良いですか?」

「けっこうですよ。カフェと間違えて入ってこられるお客様がたまにいらっしゃいます。実はカフェをやりたかったんです。でも材料倉庫も作らなくてはならなかったし・・・このスペースでしょう!?メニューもいくつか考えていたんですけれどね・・・」

温厚そうな主人は店が狭いことを笑顔で詫びながら、ケーキをひとつ包んでくれた。とても美味しいケーキであった。長年、東京で修行を重ねたという主人の菓子作りへの意欲が伝わってくるようだった。

そろそろ連れとの待ち合わせの時間である。浜辺で拾った小石をひとつ、土産に渡すことにしよう。


相良の海岸3 http://d.hatena.ne.jp/izaatsuyoshi/20120108/1326072865