山上の茶事(壱)

izaatsuyoshi2009-03-15


ふた月ほども前のことになろうか、京都から来られる客人を茶席でもてなしたい、ついては懐石をお願いしたいのだが、と鎌倉住まいの某氏から依頼があった。このところ茶事から遠ざかっており自信がなかったものの、老舗茶道具商からもお一人手伝いに来られると聞き、それではとお引き受けした。

さて本日10時過ぎ、両手に食材をかかえ某氏(亭主)宅の門をくぐる。中腹の道場を右手にさらに数分ほども石段を登り、ようよう茶室に到着した。

この山上の茶室の眼下には、木の間を通し古都鎌倉の街が拡がり、芽吹きや紅葉の頃は素晴らしい眺めとなる。しかし、うっとりと眺めてはいられない。掃除をし、動き易いよう棚の配置を変え、また道具を清め料理を確認したりと、慌しく時を過ごした。

朝から居合の稽古に汗を流した客人(5名)と亭主の一行は、昼すぎに席入りをされた。予定より早い時間であったが、流石、老舗道具商の先鋭氏、あせらず騒がず。こちらは料理の温め、盛付けに精を出す。

このたびの正客は、居合の達人だが茶の湯とは無縁と聞き及び、正式な茶懐石は窮屈であろうと簡略な献立とした。魯山人の向う(昆布〆)と七代宗哲の朱盃をのせた膳を運び、燗鍋で一献。続いて煮物椀、進肴二種をすすめ、飯、香物で〆となる。亭主も席中で相伴され、剣士たちの和やかな会話は続いた。途中、昆布〆のおかわりをすすめたりと先鋭氏の手馴れた働きもあり、満足していただいたようである。桜餅を召し上がっていただき中立ちとなる。

さて後座へと移り、久しぶりの点前と幾分緊張の面持ちの亭主であったが、いつもながら本番に強く見事なものであったようだ。古刀を茶杓に持ち替えて、茶人へと変貌したらしい。ちなみに茶杓の作は松浦鎮信赤穂浪士討入りの折、吉良邸の隣居にあって、陣太鼓に耳を傾けたという備前平戸の城主である。

一方、かの先鋭氏、水屋と席中を行ったり来たりで忙しい。黄伊羅保茶碗をはじめとする古美術の逸品を扱って、無駄な動きがひとつもない。感服しながらこちらは懐石道具の清めに入った。席中からは笑い声が聞こえてくる。席半ば、若手3名が加わって客人は総勢8名となり、大いに盛況のようだ。もう一服の所望に、鎌倉豊島屋の干菓子を運び出す。客席の盛り上がりで、水屋の苦労は報われる。

3時過ぎお開きとなった。これから客人と亭主は居合の稽古を再開し、こちらは道具の仕舞いに入る。居合道茶の湯、何事も精進が肝心というわけである。

来迎寺のミモザが見頃と聞いていたが、夕刻を迎えあきらめる。

本日の献立

  • 向 う  ヒラメ昆布〆 独活、防風、山葵
  • 煮物椀 貝柱の真蒸、椎茸、菜の花、吸口粉山椒
  • 進 肴 海老、筍、蕗の炊き合せ(天に木の芽)
  • 三つ葉、人参、柚子皮の三杯酢和え
  • 飯    蟹、蕨の生姜飯(筍の皮に包んで)
  • 香 物 白菜柚子巻 大根麹漬