江戸前鮨

銀座界隈、旨い鮨屋が何軒もあるが、このところの我々の気に入りは、S駅近くの鮨屋である。先日、老舗古美術商から治兵衛の朱盃を手に入れ、今晩は旨い鮨で乾杯というわけだ。鮨屋には7時に予約を入れてはいたが、到着したのは、20分ほども回っていたか。

まずはビールだ。先付けは烏賊の塩辛、いつもながら深く優しい味である。さて、つまみはと…かつおにしようか。続いて昆布〆、この季節の白身はカレイだ。茶懐石とは異なり、かなり長い時間を〆るのが鮨屋の味だ。ビールはすでに冷酒に変わり、連れは鮑の塩蒸しを注文した。旨い以外に言葉は出ない。

「えっと、今日はさい巻き、どうします?」若い衆から声がかかる。「もちろん、頼むよ!」と、連れが受けると、クルリとさい巻きの札は裏返された。なるほど我々で最期であったというわけか。実直な若い衆は客の好みを熟知している。いつもながら甲斐甲斐しい仕事振りだ。

赤貝なにやら、つまみを食べて小一時間。それでは握ってもらいますか。まずは赤身を、続いて雲丹を、この店に来たなら、穴子は欠かせない逸品である。口の中でふわりと溶ける。いよいよさい巻きを注文だ。頭は香ばしくあぶってくれる。冷酒も一段と旨い。

傍らに吸い物椀が置かれる。おなかも充分の頃合だ。9時過ぎに、満足して店を出た。

さて、治兵衛の朱盃はごくごく薄挽きで、羽のように軽い。塗りもよく、流石の手業である。この盃で、朝茶事の客を迎えるのは、さぞかし粋なことだろう、朝露のようなキリッと冷えた吟醸を満たして。