レオナール・フジタとパリ 1913-1931

ゴールデンウィークは最終日を迎え、人々は日常へと帰り支度を始めている。

5月6日、Uターンラッシュをよそに、静岡に向かった。

静岡市美術館で「藤田嗣冶渡仏100年記念 レオナール・フジタとパリ」を鑑賞する。

1913年、新妻を日本に残しフランスへと旅立った藤田嗣冶。

この展覧会では、渡仏前の作品から、渡仏後、故国に残る妻への書簡等を交え、1920年代、エキゾティックな裸婦像でパリ画壇の寵児となり、1931年、ラテンアメリカ渡航するまでの作品が紹介されている。

印象に残ったのは「三人の踊り子」(1917年)、「聖母子」(1918年)、「パイプのある静物」「鏡を見る女」(1922年)・・・

乳白色の下地に代表される、藤田独特のスタイルを確立する少し前の作品に見入ってしまった。


展覧会の構成は次のとおり。

  • 第1章:渡仏前―画家への道
  • 第2章:模索の時代―パリの潮流の中で
  • 第3章:成功への階段―パリ美術界へのデビュー
  • 第4章:栄光の時代―エコール・ド・パリの寵児
  • 第5章:新たなる旅立ち―マドレーヌとともに
  • 藤田が交友した芸術家たち


最終章「藤田が交友した芸術家たち」では、ピカソ、ザッキン、モディリアーニなど文字とおり藤田と交流した画家たちの作品が展示されていた。しかし、突如として現れた藤田以外の作家の作品に少なからぬ違和感を抱いたものだ。そして帰宅後に図録を開くと、その違和感はさらに大きくなった。

監修は、フランスの藤田研究者シルヴィー・ビュイッソン。図録に掲載されたビュイッソンのテキストも「モンパルナスの友人たち」という項で締めくくられている。

しかし、展覧会構成としてはいささか残念であった。そう感じるのは私だけだろうか。

静波海岸で一泊、海を眺め、帰京する。