寿福千年録

izaatsuyoshi2008-02-19


千夜一夜物語』は、一夜のうちに遠くアラビアの国へと、連れて行ってくれた。学生時代の夏休みに徹夜を重ね、この長い長い物語を読み終えた記憶がある。空が白々と明るみはじめるころ、カナカナと蜩が鳴いた。もう遥か昔のことだ。

残酷な王、空飛ぶ絨毯、盗賊たちが暗躍する不可思議な世界。たぶん、それ以来、「千」という文字に、幾分支配されているのかもしれない。

先の土曜日のこと、古書街を散策中にある店で何気なく手にとったのが、伏見沖敬著『千字文詳解』であった。「千字文」に興味はあったが、山のような書物の中から目に飛び込んできたのは、「千」の文字故であったろう。「千字文」は四言古詩体二五〇句からなり一字の重複もない、中国六朝時代の詩である。習字の手本として重用され、かつ世界に類例のない言葉遊びの書でもある。編者は時の秀才、周興嗣と伝えられる。

さて、今や至る所で展覧会が開催されている、美の巨人北大路魯山人。1904年「千字文」を隷書体で一気に書き上げ、日本美術展覧会に出品、一等賞第二席を受賞している。時に21歳。これを機に彼は不幸な幼少時代に背を向け、万能の天才の道に歩みだしていく。そして藤原道長よろしく美食の王国に君臨するも、晩年は自ら築き上げた北鎌倉の星岡窯の崩壊を目に、周囲のものたちに怒声をあげながら、孤独のうちに歿した。

千夜一夜』の語り部、勇敢なシェヘラザードは、王による殺戮を制し、また自らの命を守るため、終わりのない物語の迷宮へと王を誘った。続きは明日、また明日と。平穏な千年王国を夢に見ながら…。