法師温泉 長寿館

「家にある歴代の北関東の地図を見たらね、法師温泉にはぜーんぶの地図に赤い印が付いてるの…そう、私が付けたの、それだけ何年も思い続けていた!ってことなの!!」

長寿館の予約が取れると、母は珍しく興奮して語ったものである。予約サイトで週末のたった一部屋の空きを見つけ、それぞれやりくりして、この日、5人の予定をあわせたのだ。

群馬県新潟県の県境、標高800mの三国山麓にある一軒宿、長寿館。弘法大師が発見したと伝えられる湯は良質で、週末の予約はなかなか取れない人気の宿だ。

一本道の向うに長寿館の建物が見えてくると「やっぱり素敵!」と母が少女のような声をあげた。山あいの木造2階造りの建物は、法師川をはさんで両側にあり落ち着いた風情を見せている。本館(明治8年築)、別館(昭和15年築)と《法師乃湯》(明治28年築)は、平成18年、国の登録有形文化財に指定されている。

案内されたのは、昭和53年に増築されたという《薫山荘》、二階の二間続きの和室であった。すぐ下には法師川が流れ、水音が聞こえてくる。

窓外の景色を眺めていると、ポツポツと雨が落ちはじめた。「とうとう、降り出したか!」と父。曇天のもと、いつ雨になるのかと気にしながら車を走らせてきたが、宿に入ったとなれば気分も違う。しっとりとした空気にかえって心が和む。いつも賑やかな姪も、この静かさを楽しんでいるようだ。

夕食前、女性専用の湯殿《玉城乃湯》に入る。湯は清水のように透明で、温度は低めであった。足元に敷かれている玉石の感触がなんとも心地よい。

有名な《法師乃湯》は混浴である。夕食の際、父は「とても良い湯だ、湯舟のそこからきれいなお湯が湧き上がってるんだ。湯殿も雰囲気があって良かったよ」と語ったものだ。

夕食は、卓上にいくつもの皿が並び豪華であったが、老齢の両親にはかなり多めであった。姪は、私と母の分まで牛の陶板焼を美味しそうに平らげたものの、川魚には箸がすすまぬらしい。私はといえば、妹と姪が苦手だという鮎の塩焼きを引き受け、ほどなくお腹が一杯になってしまった。造りは鯉の洗いと鱒のカルパッチョ仕立て、これには5人ともほとんど箸を付けず、魚にも調理方にも申し訳なかった。事前に好き嫌いと、量を連絡すればよかったと思う。

《法師乃湯》は、午後8時から2時間が女性の入浴時間に設定されている。8時を待ち、勇んで《法師乃湯》に向かう。

明治期に建造された湯殿には行灯がぼんやりと灯る。湯舟に渡された丸太に頭をもたせ、ゆったりと湯に浸かった。聞きしに勝るとはこのこと、本当にいい湯だった。来て良かった、何度でも訪れたいと思わせる湯であった。


草まくら手枕に似じ借らざらん 山のいでゆの丸太のまくら  与謝野晶子

法師温泉 長寿館 http://www.houshi-onsen.jp/index.html