法師温泉から谷川岳へ

窓下を流れる法師川のせせらぎに目を覚ました。昨夜の雨で川の水量が増えたのかもしれない。

水音が気になり、なかなか寝付けなかったという母を残して、父は私たちが起きるより前に《法師乃湯》に向かったらしい。わずかな清掃の時間をのぞいていつでも湯に入れるこの宿では、真夜中に混浴の《法師の湯》を堪能する女性もおられると聞く。しかし外も大分明るくなり、今朝は《玉城乃湯》でのんびりと露天を楽しんだ。

朝食は温泉宿らしい献立だった。焼き魚、温泉玉子、サラダ、海苔などの定番の献立に、昨夜の分まで食がすすむ。

旅立ちの支度を済ませ、受付の横手にある囲炉裏の部屋でくつろぎながら、清算を待っていると、若い従業員が茶を入れながら宿の歴史を語ってくれた。入り口正面の大きな丸太の火鉢は樹齢1200年の橡の木で造ったそうだ。ダムに沈んでしまう大木を利用したのだという。この宿の従業員は皆、愛想が良く、客を気遣ってくれる。

また宿の裏手に、川沿いの散策路があることを知った。そうとわかっていれば早朝の散歩に出かけたものだが、出発の時間が迫り残念であった。

さて、宿を出て谷川岳へと向かう。山登りをするわけではない。ロープウェイ、リフトを乗り継ぎ、天神峠で高山の雰囲気を味わうことにしたのだ。

リフトからはウツギやヒメシャガなど可憐な花々を見ることが出来た。天神峠に到着すると小さな水の流れに水芭蕉がひっそりと生息していた。花の季節はおわりであったが、大きな白い泡の塊が幾枚かの葉を覆っているのに気づいた。モリアオガエルの卵かもしれない。新しい命が生まれるのだ。

曇り空のところどころに雲の切れ目が見える。山頂は一瞬顔を覗かせたが、すぐに隠れてしまった。

谷川岳 http://www.tanigawadake-rw.com/item/1353


《後記》 両親が旅程を組み、運転と事務的な手続きの大半を妹が受け持った幾年か振りの家族旅行は、記憶に残る楽しい時間となった。私は何もせず心身ともにゆったりと贅沢をさせてもらった気分だ。小さなおしゃまの姪はいつの間にか私より背が高くなり、箸が転んでもおかしい年頃の娘に、けれども風情を理解する大人に成長していた。彼女がおばあちゃんになった時に、祖父母と法師温泉に泊まり、谷川岳に登ったことなどを思い出してくれるといい。