結城紬

猛暑の夏、連れは雪渓の残る鹿島槍に行こうと言う。それが無理でも爺ヶ岳までは行けるだろう、そこで剣を眺めながら美味いコーヒーを飲もうよ、と誘う。

山はすっぱりとやめたつもりであるが、このルートからの剣岳の眺望を思うと心が騒いだ。しかし復帰を目指して登頂した八ヶ岳の無残な山行を思い出せば、簡単に頷く訳にはいかなかった。

爺ヶ岳までは行けるだろうか・・・ぐずぐずとして決められず、満席のムーンライト信州にキャンセルが出たら登ろう、そう賭けてみたのだった。しかしこの季節にキャンセルが出るはずもなく、連れは重いザックを背負い一人、鹿島槍ヶ岳へと出かけていった。私はと言えば、一日遅れで信濃大町に向かい麓で連れの帰りを待つことになった。

さて、こうなればと気分を切り替え、ホテル内、吉兆での夕食にお気に入りの白地の結城を着ることにしよう。この単衣にあれやこれやと試しては、帯は茜色の博多、帯留めと帯揚げは水色に決め、翌朝、ぞうりまでを詰め込んだ大きな荷物を携え、10時過ぎのあずさに乗り込んだ。 

松本を過ぎ、車窓からの雄大な山容に見とれた。しかし、あの高山の頂きに立つことはもうないのだと思うと言いようのない寂しさがこみ上げてくる。連れもやがては山を離れる日を迎えるだろう。充実感に満たされているのか、それとも喪失感に苛まれるのか・・・何にせよ山への思いは私とは比べようがないほど深い。

14時過ぎ、くろよんロイヤルホテルに到着。連れと合流するやいなや、ホテルに隣接する日向山高原ゴルフコースでハーフを回ることになった。連れは山から下りるとすぐに予約を入れたのだという。毎度のこと、このゴルフ好きにはあきれてしまう。

今夏の猛暑はこの地にも波及し、避暑地とは思えぬ暑さであった。とは言え、山懐に抱かれてボールを追うのは頗る気持ちが良い。

ゴルフから戻ると大急ぎで湯に浸かり、和服に着替えた。

吉兆では顔馴染のマネージャーが迎えてくれたが、連れの後ろを歩く私に一瞬怪訝そうな顔を向けた。無理もない。例年、日焼け顔を火照らせ登山靴を鳴らしながら入店していた私が、全く異なる姿で現れたのだから。

料理は、夏休みの家族連れ向けの献立であるのか、幾分大味で量も多いようだった。私たちは炊合せとご飯を半分の量にお願いしたが、それでも少し残してしまった。この店に来て初めてのことである。


献立

  • 向 付 もずく酢
  • お 椀 枝豆真丈
  • お造り 縞鯵・烏賊
  • 八 寸 鱧の子 穴子寿し 南京フォアグラ とうもろこし揚げ 湯葉かまぼこ 枝豆 岩魚一夜干し
  • 揚げ物 すずき揚げ
  • 炊合せ 茄子丸焚 南京 ずいき 菊菜
  • ご 飯 信州サーモン茶漬
  • 果 物 季節の果物



アルコールはビールと地酒「大雪渓」、早々に酔った。連れが結城が良く似合うと褒めてくれたせいだろうか。

翌日もまた日向山高原ゴルフコースにて18ホールをラウンド、いつも同様、散々な結果であったことは言うまでもない。