ゴルフクラブと大島紬

4月29日朝、信濃大町まで直通の7時30分発のあずさに乗るか、それとも松本止まりで乗り換えをしなければならぬひとつ前の臨時特急に乗るか、いつものように指定券を購入しない連れと私は、新宿駅のホームで選択の自由を満喫していた。

「雪に覆われた北アルプスはさぞかし神々しいことだろう」とはや思いは遥か彼方に飛び、旅特有の高揚感に満たされていたものだ。2日前にゴルフクラブを送り、そして旅立ちの当日、連れは青磁と粉引の酒杯をザックに忍ばせ、私は夕食に着用する和装一式を手に、準備は万端であった。

結局、空席の多い臨時の特急を選択し、二人並んで席に着くと、連れはすぐさまビールのプルトップを引いた。

しばらくして、真面目を絵に描いたような若い車掌に乗り換えを問うと「松本では4分後に南小谷行きの特急が来るんですがホームが異なります。実はですね…塩尻なら同じホームで乗り換えが出来るんです」と鼻をひくひくさせながら教えてくれた。

彼の言う通り、塩尻ではスムーズに乗り換えが出来、11時過ぎには信濃大町に到着した。ゴルフの開始までにはまだまだ時間があり、駅前の小さな食堂で、昼飯をとった。

雲行きは少しあやしくなってはきたが、連れのゴルフへの入れ込みようは尋常ではない。一時間近く前にクラブハウスに到着した我々は、予定より早くスタートを切ることが出来た。雨の予想にキャンセルが出たのかもしれなかった。

スタート地点では遠くで雷鳴が聞こえていたが、3ホール目で突然、大粒の雨が落ちてきた。追いかけるように天も割れんばかりの雷鳴が轟き、たちまち雨は小さな雹に変わった。警報が鳴り、プレーを中断してハウスに戻るようにとの放送が続く。「こうなっては仕方がない。のんびりと温泉に入り、卓球でもするか…」と連れ。

となれば、楽しみは吉兆の夕食である。私は下ろし立ての白大島を携えてきた。身体に馴染みがなく、着替えには時間がかかるだろうから、丁度良かった。

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さて、紬を着こんでシャナリシャナリ(?)と吉兆に向かうと、馴染みの店長の顔が見えない。会える場所で必ずや会える人に会えないのは寂しいものだ。料理さえ、かつての美味さが感じられない。彼とは10数年にわたる付き合いになる。山行帰りに立ち寄り、食べ物も喉を通らないほど疲れ果てた日には、部屋に弁当を届けてくれた。復帰を願うばかりである。


献立

  • 向 付  蛍烏賊南蛮漬
  • お 椀  海老真丈 椎茸
  • お造り  間八 烏賊
  • 八 寸  白子ちり酢 こごみしたし 厚焼玉子 海老御膳 岩魚寿司 鶏丸 たらの芽揚げ
  • 炊き合せ 大根 湯葉 蕗
  • 御 飯  山菜飯むし
  • 果 物  季節の果物

翌朝は快晴、6時前に温泉に浸かり、7時からの朝食を終えて、いざゴルフコースへと向かった。あるホールでは針ノ木岳蓮華岳が顔を見せ、あるホールでは爺ヶ岳が姿を見せた。スコアは例のごとく散々であったが、「グリーン回りのアプローチは上手いね」と連れに珍しく誉められたものだ。

さて、ラウンドから上がったのは、信濃大町から直通の最終特急に乗車するにはギリギリの時間であった。そこでビールと担々麺がどうしても諦められない連れをクラブのレストランに残し、荷物をピックアップするため一足先にホテルに戻った。しかし連れが現れる頃には時すでに遅し。「バスで長野まで出て新幹線で帰ろう!」と言うと「エ〜ッ、何? 聞いてないし…おまえが急かすからビールも担々麺も半分にしたのにぃ!」と連れは不満そうな声をあげた。

とは言うものの、新幹線に乗ってしまえばまたもやビールで乾杯。いやはや、相変わらずの珍道中なのであった。