鎌倉・箱根を旅する

izaatsuyoshi2009-04-26



夕刻、鎌倉の料理屋「まき」ののれんをくぐる。連れは、茶懐石にも明るいこの店の主人とは馴染みで、前々から私を連れて行きたいと言っていたのだった。

入れ替わりに一組の男女が帰ると、店内に客の姿はなかった。雨脚が強いためか、その後の客入りもなく、カウンター越しに主人と親しく話をかわすこととなった。

出汁の取り方、焼物の塩の振り方、昆布〆についてなど日ごろの疑問を口にすると、丁寧に説明をいただいた。主人とも盃を交わしながら、料理に舌鼓を打った。食にうるさい亡き純文学作家が絶賛した料理は、今なお健在、期待を裏切らないものであった。楽しい時間はあっというまに過ぎる。気がつけば10時を疾うに回り、鎌倉に宿をとった。

翌朝、円覚寺を訪れる。山に抱かれた早朝の古寺はすがすがしい空気に満ちていた。

大船まで戻り箱根に向かう。週末にもかかわらず人出は少なく、ゆっくりと箱根美術館を巡る。連れは黄維羅保茶碗にしげしげと観入る。岡田茂吉肝入りの庭園「石楽園」は、箱根の山々を借景に巨石を配した大らかな庭である。しかし茶室内は公開されておらず残念であった。

箱根湯本でゆったりと湯に浸かり、耳庵所縁の蕎麦屋で昼食をとる。つまみに自然薯、また天せいろの天麩羅を先に所望してビール、日本酒を楽しんだ。昼には遅い時間であったが客はひきもきらず、繁盛の様子である。

松永記念館を訪ねる。箱根板橋は明治から財界の巨頭らが別荘を構えた土地である。晩年、松永耳庵もここに移り住み、多くの茶会を催した。敷地内にある老欅荘は、いくつもの茶室、水屋、そして広間などが連なる複雑な間取りの建物であった。

段丘にある旧大倉男爵別邸「山月」に向かう。ごうごうと風がうなる中、巨大な春日灯篭や石塔が置かれた屋敷までの道を10分ほど歩く。邸内は閑散として案内人のほかに人影はなかった。豪華な木材や欄間、照明器具、建具などの見事さに息をのんだ。ある部屋では、引戸に小川破笠、原羊遊斎の漆芸の逸品を見出した。渋沢栄一から贈られたものだそうだが、案内人は作者までは知らなかったと語った。

主人が寝起きしたという部屋で、飲物を頂戴した。大正時代のガラスが入れられた窓からは風にしなる新緑の枝々が望める。「風情がある…なるほど風情とは風の情けか、道理だな」と傍らの人は呟き、ビールを飲み干した。

この人と出会わなければ、私の茶の湯や古美術への傾倒は浅いものであったろうし、山に登ることもなかった。しかし、木造建築に対する興味は潜在的なものであるらしい。秀麗な木造建築を巡り、いつもながら不思議な高揚感に包まれて図面を頭に描いた。大風にしなる木々のように心を揺さぶられる旅であった。


「季節料理まき」

  • アスパラの煮びたし
  • 赤貝の造り
  • 豆腐と三つ葉の吸い物
  • 蛸の柔か煮
  • いさきの焼物
  • 烏賊の造り
  • 筍の煮物
  • グリンピースの煮びたし
  • 鱒、銀鱈の西京焼き
  • 筍御飯