背負うもの 雪渓を歩く

izaatsuyoshi2010-08-11


8月7日(土)新宿、午前7時30分発の特急「あずさ」で信濃大町へ向かう。今回は連れが北アルプスで唯一足を踏み入れてなかった山、蓮華岳登頂が目的である。北アルプスには数え切れないほど足を運んでいるはずだが、何故かこの山には縁がなかったという。

扇沢から5時間半ほど歩いて針ノ木小屋に一泊、登頂後は同じコースをたどり下山というスケジュールである。短時間の山行であり、また前日の夜行の指定が取れなかったこともあり、当日朝の出発となった。しかし、8月中旬にさしかかったこの時期、特急あずさの指定も取れず、発車1時間半も前から自由席乗車口前に並び、待つことにしたのだった。

この間、連れは「今日も暑くなるなあ!」と新宿駅のホームから見える細長い空をあおぎ、気持ちよさそうに早くもビールのロング缶を飲みほした。だが、お気楽遠足気分には何かしらアクシデントがつきまとう。線路上の倒木の排除作業に、この日のあずさは1時間余りも遅延したのだ。

というわけで、扇沢の登山口を出発したのは午後1時をまわっており、大沢小屋に到着したのは2時15分。これから針ノ木に向かうという我々に、小屋のスタッフは呆れ顔でこう話したものだ。

「昨日の午後も雷雨があったし、リスクを背負ってねえ・・・これから登る人はいないでしょう? しかも今日の針ノ木小屋は登山者であふれかえっている!」

しかし、連れは依然として上を目指す意気込みだ。雪渓で、いや如何なる行程でも雷雨には遭いたくないものである。行くのなら一刻でも早く・・・と気も足も急いて、曇天の下、アイゼンもつけず雪渓を踏破し、2時間50分ほどで針ノ木小屋の前に立つことができた。

さて、大沢小屋から予約を入れてもらっていたものの、なるほど小屋は満員であるらしく、受付の男は我々をどの部屋に入れようかと頭をかかえている。そこにまたもや、この日最後の客となった2人のご婦人が現れると、男は首を振りながら大きなため息をついた。

結局、彼女らとともに案内されたのはごくごく小さな部屋であった。小屋関係者の寝起きする場所でもあるのか、棚の片隅には目覚まし時計がある。しかし4人が横たわるに十分な広さがあり、大部屋よりも清潔な感じがしたものだ。残り物に福とはこのことであろうか。

相部屋となった2人の女性はこの日、冷池山荘から12時間歩いてきたのだと話した。彼女らの山行スケジュールは、1日目に八方尾根から唐松を経て五龍泊。2日目は八峰キレットから鹿島槍、そして冷池山荘に泊り、そしてこの日の12時間の歩行。3泊4日にわたるしかも長距離の縦走とは、なかなかの健脚である。彼女らとは就寝まで山の話で大いに盛り上がった。

翌早朝、朝焼けは美しく、北アルプスの峰々はもちろんのこと遠く富士山まで望むことができた。槍ヶ岳も赤く染まった空に映えてひと際大きく見えたものだ。

しかし、蓮華山頂に到達する頃にはガスに蔽われ、残念ながら360度の眺望は得られなかった。ちなみに掲載画像はゴルゴダの丘にはあらず、コマクサが可憐な顔を見せる蓮華岳への山路である。

あとはアイゼンを着用して雪渓をくだり、温泉と湯上りのビールを楽しみに、ゆるやかなアップダウンを繰り返しながら山路を行くのみだ。

ところが、ガスが流れる雪渓を歩き5分を過ぎた頃か、7、8人が立ち止まっているのに遭遇した。中央には比較的大柄の女性が1人、雪渓の上に腰を落としている。60代だろうか・・・冷えのために両足がつってしまい一歩も動けないという。しかし、このままじかに雪渓に座り込んでいれば、体はますます冷たくなり筋肉が硬くなってしまうだろう。

連れが雪渓の上まで背負って行くことを申し出ると、途方にくれていた一行からは驚きと歓喜の声があがった。

雪渓をくだって5分ほどの場所であったが、背負って登るに15分もかかったろうか。ご本人にはもちろん、一行に感謝され、汗だくの連れは日焼けした顔をますます赤くしたものであった。