ミツバシモツケ

実家にて

老舗茶道具商が水屋に控える某数寄者の茶事は10年も続いただろうか。

茶懐石を担いながら、桃山期の古陶磁の扱い、料理と器の取り合わせなど、厳しくも多くを学ばせていただいた。

茶の湯の世界では名の知れた方々が客となる茶事の懐石を、当方のような素人に任せていることは席中の話題になろうし、狙いであったかもしれない。何にせよ、このような時間を提供していただいたことに、ただただ感謝している。

この数寄者の依頼で、茶事当日に花を届けたこともあった。
そんなことを覚えてくれていたのだろう。ある日、茶道具商のS氏から「初秋に○○○会があるのだが、その折に適した花がご実家にないだろうか?」と電話があった。

母に連絡すると「あれが咲くし、ああ、あれもその頃。」と嬉しそうな声が返ってきた。

前日に届くよう宅急便で花木を送り、草物はひと抱えほども手運びで届けた。しっかりと水あげをされた花たちは生き生きとして、S氏を喜ばせた。

その後も要望があれば花を送り、S氏からは生けられた花の写真が、母のもとに届くようになった。

ミツバシモツケを見ながら、母がこんなことがあったと話しだしたのは先週末のことである。

ある時、S氏から小さな白い花の写真が届き、客からいただいたが名前がわからない、ご存知であれば教えていただきたい、と手紙が添えられていたという。

今ならネット検索で、花の名前はすぐにも判明しようが、当時は図鑑が頼りの時代であった。

「それがこの花、ミツバシモツケ!分かってよかった。」

S氏から送られてきた写真は一冊のアルバムに収まり、母の宝物のひとつである。アルバムの中で花たちは、名物の花入れに入れられ、誇らしげな顔を見せている。