見えない富士

十国峠から箱根湯本へ 

十国峠に行かないか? 一度も登ったことがないんだ。函南ゴルフ倶楽部から見えるんだよ」と連れが言った。

十国峠は、孤高の画家 金山平三がこの地より極寒の富士を描き、太宰治が『富嶽百景』に取り上げた富士山の展望拠点として知られている。連れは、近年通い出したゴルフコースからの眺望に魅かれていたのだろう。異なる理由ながら、私たちの一度は行ってみたい場所であった。

熱海から40分ほど元箱根行きのバスに揺られ、十国峠登り口駅に到着。ここからケーブルカーに乗り換え、3分ほどで山頂駅に降り立つことができる。展望台はいつ頃建てられたものか。歳月を経て円筒形のこの建物は十国峠のシンボルでもあろう。

山頂より十国(伊豆、駿河、遠見、甲斐、信濃、武蔵、上総、下総、安房、相模)が見渡せると名付けられたというが、この日の大気は湿り気を帯びて、富士はもとより駿河湾さえ望めなかった。

 

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登り口駅まで戻り、元箱根へ向かう。さぞかし混み合うだろうと思っていたバスの車内には数人の客がいるのみであった。時折、ドライバーが「今日は見えませんが、晴れた日はここから…が見えるのです」とのアナウンスを繰り返す。

元箱根ではたっぷりと時間があった。そこで昼飯前に、芦ノ湖を眺望する湯殿があるというホテルで湯に浸かった。湯殿は最上階にあり、湖をゆく海賊船や遊覧船の乗り場が見渡せた。午後1時過ぎの館内はがらんとして静かである。カウンターで近くに深生という美味い蕎麦屋があると聞き足を運ぶ。

連れは蕎麦屋の座敷に座るなり、日本酒と味噌田楽、板わさを頼んだ。ここの酒は福島の酒で、東日本大震災以来、取り寄せているだという。湯上りの体に酒は効きすぎたが、蕎麦はまずまずであった。

店を出てだらだら坂を上り箱根神社に向かう。箱根には幾度も来ているが、私たちは箱根神社に詣でたことがなかった。第五鳥居から本殿まで整然とした列の最後尾に並ぶ。その多くはリゾートウェアに身を包んだ10代、20代の男女であったが、拝殿前では隣に立つ人と息を合わせて二礼二拝一礼と身を正していた。湖上の鳥居まで下ると、ここでもたくさんの人が列をなして何事かと思えば、鳥居をバックに撮影の順番待ちなのであった。思い思いにポーズをとり、生真面目に参拝していた姿と対照的で面白かった。

さて箱根湯本までバスで下り、常宿の吉池に泊まる。山を眺めながらの湯浴みは気持ちが良い。翌日は、前夜満員で入れなかったステーキハウスを予約し、昼までの時間、朝湯に浸かり、庭園を散策して過ごした。鯉の餌やりはこの旅の一大アトラクションであったろう。いつものごとく連れは子どもにかえったかのようにおおはしゃぎである。

 

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昼食あと山の上の温泉に向かった。温泉三昧の何もしない旅であった。18時頃帰宅する。