よみがえる記憶〈大師会〉

朝から降り続ける雪。新成人たちにはあいにくの天候となった。ニュースの映像では、この日のために選んだ華やかな振袖に、冷たい雪が降りかかっている。

その光景に、ある日の出来事が思い出された。

10年以上も前になるだろうか。茶の湯の恩師の計らいで根津美術館の大師会に招かれた折のことだ。

初めての大師会に臨み、お気に入りの付下げを着込んだものだが、その日は早朝から雨がしとしとと降る、あいにくの天気であった。加えて同行予定であった連れの都合がつかず、悲しいかな、一人での大師会体験となってしまった。

一抹の不安を抱えつつ、それでも名品に直に触れる機会を逃すのは惜しいと、きりりと帯をしめ、雨の中を勇んで出掛けたのであった。

今思えば、その頃の私、美術館で古美術を見るだけでは飽き足らない、さながら健気な学徒… 読者諸氏よ、ここではまだお笑い召さるな!

根津美術館には広大な敷地に複数の茶室が点在する。大師会ではそれらの茶室を舞台に、古美術商らがここぞとばかり切った張ったと大いにしのぎを削る。客らはそんなことはどこ吹く風とばかりに茶室を巡り、質も素性も確かな道具を愛で、茶を喫するのだ。

時折、知り合いの古美術商が声をかけてくれるが、多忙をきわめる彼らを引き止めてはおけない。先輩諸氏の背後から道具を拝見し、満たされぬものを感じながらも、次の茶室に向かったところが...

傾斜のある石橋を渡ろうとした瞬間、ツルリと足元が滑った 。身体はくの字を型どり、絵に描いたような尻餅をついてしまった。

しかし、人間の潜在能力は素晴らしい。すぐさま起き上がって何事もなかったように歩き始めた自分にビックリしたものである。そして、恐る恐る周囲を見渡せば、誰もいない。胸を撫で下ろしながら着物の状態を確認した。幸いにも、少々濡れただけでお気に入りの着物にダメージはなかった。洗いに出せば元に戻るだろう。

それからは、茶席どころではなかった。その日拝見した道具の記憶も何処へやら、足元に最大級の注意を払いつつ、早々と退散したのであった。

本日も、同じような体験をする新成人がいないとは限らない。しかし、すべては〈今は昔〉、笑い話に変貌を遂げるだろう。